一般的に高校3年になるときに理系か文系か選択しますが、どうもこの人気の一端は文系上位生にあるといわれています。
というのも、今まで東大京大レベルの文系法学部受験生は、在学中司法試験合格を一つの目標というか、そうしたものをモチベーションとしてもちながら勉強していたようです。それが、法科大学院の開設に伴い、早期の司法試験合格は絶対ムリになりました。(予備試験という方法もありますが・・・)
また合格者数が平成元年比6倍と強烈な増加率を示しており、これに伴い資格のもつブランド力のようなものが低下しているといわれています。(まさに需要と供給の関係です。ダイヤモンドがそこら辺の石ころ見たくゴロゴロ転がってたら価値はなくなるということですね)
もちろんそんなコトは関係なく、真のリーガルマインドをもって熱い情熱で法学に取り組む方もいるでしょうが、まだ「法学」に触れたことのない17,18歳の高校生にそうした本質的な情熱を期待するのも酷な話ではあります。
結果、一部の上位生は、3年になるとき理系に進み医学部を狙うということのようです。
しかし我々医学部の先輩としては、そうした途中転向組の医学部志願者を大歓迎しています。
よく「偏差値だけで医学部に・・・」とか「人の命を救うという事の重大さが・・・」みたいな批判あるじゃないですか。あれって個人的には全くナンセンスだと思います。いいんですよ。「偏差値高い人医学部大歓迎」です。
医学の「い」の字も知らないハイティーンの子達に哲学者もビックリの「命とは」なんて問いかけは何の意味を持つでしょうか?
私たち医学部高学年になってもそんなことはわからないし、現に毎日の診療に当たってる先生だって「病気の人を自分の技術で快方に向かわせる」ただそれだけです。
医学部の面接では「なぜ医学部を志したのか」「医師というものをどういうイメージで捕らえているか」といった質問がなされます。皆さん精一杯考えて格好の言いことを言うわけです。(モチロン私もそういう格好言いことを言いました)
でも18歳の受験生にとって(浪人していても同じですが)、本質的な模範解答とは「医者は格好よく見えるから」、「金持ちになれるから」>(実際はたいしたことない)であるはずなんです。
確かに面接官は医学部教授が勤めます。私とは違い生命に対して深い賢察があるのかもしれません。でも教授先生たちのそうした倫理観もなが〜い医師生活、研究生活の中で培われてきたもののはずです。
今、医学部で面接を課さない大学はほとんどありません。ぜひこれからの面接にあっては、こうした無駄な質問じゃなく、「笑顔で人とコミュニケーションをとれるかどうか」「友達や恋人とのつきあいはきちんと出来ているか」「目上の人ともきちんと話せるか」などもっと当たり前の能力を測って欲しいです。(おかげで医学部ってところはいろんな意味で変人ぞろいです(笑))
【日記の最新記事】



やっぱりコミュニケーション力で測るのがベストなんでしょうか。
エバるために高学歴を目指す人の人格が低かったりもしますよね。
ちょっと違うかもしれませんが、トラバ送らせてもらいます。